JSET第30回全国大会@岐阜大の思い出メモ

JSET第30回全国大会@岐阜大の思い出メモです。

信長公がお出迎え。

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一般発表は2件。

藤川・阿部・和田・三倉・小川・塚本・畠「ビッグデータの活用を学ぶ中学生対象授業プログラムの開発ー未来の学校における選挙予測を題材としてー」(口頭発表)
→私はファーストの発表者ではありませんでしたが、後で「あの教材面白かったですね」と声をかけられました。ヨカッタ!

阿部「ある幼稚園における保育実践へのタブレットPC導入期の記録ー「アプリの時間」以外での活用ー」(ポスター発表)
→色々な感想、ご意見をいただきました。ありがとうございます。「iPadの道具としての使い勝手について、保育中ほかに使っている様々な道具と同じくらい細かく認識できるかが鍵」「それってつまり、その園がふだん道具をどう使ってるかを明るみにしてしまうってことなんだよね」という主旨については、概ねナルホドという感想を持っていただけました。課題も色々といただきましたが(消極的な観察研究だったため、積極的な介入を試みるべきではというご意見、ぜひ手描きアプリをどう使えるか試みてほしいなど)。


ちなみに この発表、保育学会が教育工学会かどちらで発表しようかと迷っていたのでしたが、どうだったでしょうかね。
ちなみに◆M莊10/11、保育系の研究会でこの内容で発表をとお誘いをいただきましたのでよろしければ是非。またご案内しますね。

掲示したポスターはこちらに。


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初めて、ワークショップ企画を主催しました。

W07「教材のリアリティとファンタジーを考える」です。私や千葉大・藤川先生の話題提供、NHKエデュケーショナルの古田尚麿さんから教育番組制作のお話、東大・藤本徹先生からゲーム研究などに触れながらの指定討論的なコメントなど、良い意味で盛りだくさんの内容だったかと思いますが、どうだったでしょうかね。全体としては、なごやかに(?)進めることができ、とりあえずホッとしています。

概要はこんな感じでした。
どうしたら魅力的で面白い教材がつくれるか。実際に教材づくりを行おうとすると、いくつかある設計理論からさらにふみこんで、教材それ自体を具体的にどのように構成・演出するかを考える必要にも迫られる。構成・演出を考える際には、リアリティを追求しすぎても、ファンタジーに走りすぎてもうまくいかない。ほどよいリアリティとファンタジーの描き方を探る必要がある。本ワークショップでは、はじめに、教材づくりの実践・研究にとりくむ方々から、教材におけるリアリティとファンタジーの描き方についての話題提供をしてもらい、その後、参加の皆様とともに議論を深めていきたい。

概要説明にあたる、藤川大祐先生の資料はブログにあります。


私としては、教育工学をはみだすようなタイトル、内容だろうと思っていたのですが、「むしろちょうどよい」「是非議論すべきテーマだ」「オモシロカッタです」というお話もいただけて、ハッとする思い(モチロン、関心のある方がご参加くださっているワケですが)。我々、実践は抱負にあります。これから、どういった切り口で、整理していくかが課題かなと思っています。A幼稚園でのフィールドワークから導いた「リアリティ」と「ファンタジー」という言葉でしたが、私個人としては、教育工学研究にもこの発想を位置づけようと試みつつ、一方でここだけにもこだわらず独自の方法論を探りたいところでもあります。

なお、この一日で議論や共有が終わるのはもったいないと思い、facebookにグループをつくってみました。とりあえずの勢いでつくったので、運営方針はまったくの未定ですが、まずはこのWSを終えてのふりかえりや、その他情報提供などして行きたいと思っています。今のところ、だれでも参加OKです。関心あれば、是非。といってもまだ何も書いていませんけど。


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学会として、SIG(Special Interest Group)が始まりました。
※ 学会サイトでは、一部 "Small Interest Group" となっていますが・・・・・。小さいことから一歩ずつ?

私は、SIG-05「ゲーム型学習・オープンエデュケーション」に参加。内容うんぬん以前、ああいった場で、参加者間でコミュニケーションがとれることが嬉しいことでした。知らない人が集まって議論をするときの、薄皮一枚が剥がれる感じというか。いろいろと質問したり意見が言えたりして、単純に楽しかったです。また、楽しいだけでなく、自分は何ができるだろうかとも思います。どうしても、これまで個人レベルでの研究が多かったわけですが、その個人の関心を大事にしつつ、学会のみなさんと何ができるのか。。もしかしたらものすごーく勉強不足でそれが露呈するかもしれないし笑、自分がこれまでなんとなくやってきたことが他の方には新鮮なことかもしれないし。。

ひとつ心配事も。「包摂」と「排除」は相反するようで、両立しうる。そこに通底するロジックは「参加」だという。「参加」は歓迎する。「包摂」する。しかし、「参加」の見込みは薄い者は「排除」の方向へ。SIG活動でも、そうしたこともありえないとは言い切れない? 学会には多様なニーズがあるはず(単に「学びたい」「楽しみたい」でも良いはず)。SIGへ期待する人と、周辺的な参加をしたい人と、様々な人が「排除」されることなく進んでいく構造がつくられていくことを期待したい。(違う分野の話ではありますが、かつて、水島治郎『反転する福祉国家―オランダモデルの光と影』(岩波書店)を読んでの残響です)

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その他、思ったことメモ。
・先行研究が「見当たらなかった」誤解は避けたい。自戒も込めて。
・問いを転換する試みを妄想。ex. GBS理論でストーリーをつくる→ストーリーを語り合うためのGBS理論
・全体として、実践の中身が語られなさすぎる。教育は、それでよいのか。
・テクノロジーは様々な営みを効率化してくれる。しかし、効率化することが必ずしもよい結果をもたらさないこともあるだろう。煩わしいコミュニケーション、先の見えない試行錯誤、思考の過程・・それらは効率化してよいのか。もちろん教師の無駄なお仕事などは効率化すべきだが。簡単に学べるということでなく、「学び込む」という発想が重要では!(A幼稚園の「遊び込む」にならっての発想。某先生とタクシー内での雑談にて。日が暮れるまで、夕飯を忘れるまで「遊び(学び)込む」、続きは明日と期待をもてること・・そうした学習のあり方は!?)
・教材におけるキャラ付け、架空生物について考える授業など、私の考える「リアリティ」「ファンタジー」に関連する発表も、そういうメガネで見渡すと色々あるんですね。まとまってはいませんが。。

最大の反省。
・iPhoneをどこかで落としました。拾って、届けてくださった方、本当にありがとうございました。

あった!



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